ベビメタ七転八倒

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鞘師里保の歌唱はリズムセクションである②

(この投稿は前回の「鞘師里保の歌唱はリズムセクションである①」の続きです。)

 

2. One・Two・Three の画期

恋愛ハンター』のリリースから3か月、新垣里沙の卒業公演から2か月が経った2012年7月4日、モーニングの歴史上最も重要な楽曲の一つである『One・Two・Three』が発売されました。ステージでの初披露はもう少し早い5月26日で、新垣卒業の8日後のことでした。

歌詞を音節毎に分解してビート重視で歌う、という2012年以降のモーニング楽曲の中でも、『One・Two・Three』ほどその方式が徹底された楽曲は無いと思います。一気に究極の姿を示すことによってその後のパフォーマンスの流れを決定付けたものだと言えるでしょう。

「100万ドルの夜景よりも、10カラットのダイヤよりも」とAメロの最初から細かい16分音符で畳みかけ、Bメロで「愛情もっと、情報もっと」に入ってもすべての音が1拍以下で刻まれていきます。曲全体で1拍を超えて音が伸ばされるのは、サビ前の「宇宙の彼方へ」の「へ」と「未来を信じよう」の「よう」。そして、かの有名な「る」の直前にある「あ」「い」「し」「て」。たったこれだけで、曲全体を合わせて14回しかありません。『Only you』で約50回、『恋愛ハンター』でも40回くらいあるので、『One・Two・Three』がいかに細かく刻まれた曲なのかがわかると思います。

さて、楽曲が変貌したのに合わせてメンバーの歌唱がガラッと変わったかというと、実はそうでもありませんでした。なぜならそこには田中れいなという才能が聳え立っていたからです。前回『恋愛ハンター』のところでも書きましたが、彼女が凄いのは、プラチナ期的な歌い方のニュアンスを維持しながらこの時期の楽曲の細かい歌唱に対応してしまうところです。当時のファンは彼女のおかげで楽曲の変化から置いてきぼりにならずに済んだのではないでしょうか。

少し時間が飛びますが、2013年9月、田中れいなが卒業した4か月後に発売されたアルバム『The Best! 〜Updated モーニング娘。〜』の中に『One・Two・Three(Updated)』が収録されています。オリジナルが田中れいな鞘師里保のツートップ体制だったものが、ここでは鞘師のワントップになったことで、この楽曲が求める歌唱の純粋な姿が実現されていると自分は思います。

 

3. "絶対的エース"による楽曲世界の統一

時計の針を少し戻します。

2012年の後半から2013年の前半にかけての時期、モーニングの歌唱に関する重大な出来事として、まず小田さくらの加入がありました。『Help me!!』(2013年1月)での彼女の登場はさぞ鮮烈だったことでしょう。ただ、モーニングの楽曲変化の大きな流れに対する影響はそれほど無かったように感じます。小田がモーニングの進化の原動力になるのはまだだいぶ先のことであり、その点については後ほど触れていきます。

この時期2つ目の出来事で極めて重大なインパクトがあったこと、それが田中れいなの卒業でした。ここから自分自身の卒業までの約2年半、鞘師里保は「絶対的エース」として大きな影響をモーニング楽曲とその歌唱に与えたと言えると思います。

鞘師による君臨が始まる号砲となったのが、2013年8月リリースの『わがまま 気のまま 愛のジョーク/愛の軍団』の両A面シングルです。この2曲の音源はどちらも名曲名歌唱だと思うのですが、中でも『愛の軍団』を見てみましょう。

冒頭で鞘師が「愛あるムチなら仕方ないって」を「あ、い、あ、る、ム、チ、な、らー、し、か、た、な、いっ、て」と歌う部分。この1フレーズだけで曲全体のトーンを決定付けていることに驚かされます。各音の頭のアタック、「らー」の硬質な声の伸ばし方、最後の「て」を歌い終える部分の処理など、すべてが計算し尽くされている。そして、このあと曲全体を通して、すべてのメンバーは鞘師が示した目標に向かって自己の最善を尽くして歌っているように聴こえるのです。

そして有名なあのフレーズ、「愛の 愛の 愛の軍団」を「ぅわいの、ぅわいの、ぅわいのぐんだんっな」と歌う部分ですが、これをもし歌詞そのままに「あいの、あいの、ぐんだん」と歌ったらさぞ子供っぽく聞こえたことでしょう。タメとキレを加えたあの歌い方が誰の発案かはわかりませんが、最近のインスタで鞘師が「『な』が大事」と書いていたのを見ると、皆で工夫を重ねた結果であったことが窺えます。

こうして、絶対的エース鞘師が導くモーニング歌唱のスタイルがグループ全体を通して確立されるに至りました。次ではこれがさらに進化していく様子を見ていきます。

(続く)